また修験道の修行地が人跡未踏の厳しい山岳地帯であったためとの見方がある。
今でも登山者の遭難事故は珍しいことではない。まして古代においては山は魑魅魍魎が住む危険な場所と考えられていた。
そのため子供を産む女性は安全のため近づかない、近づいてはならない場所であったとする。
そのような場所だからこそ、修験者は異性に煩わされない厳しい修行の場として、山岳を選んだのだといわれている。文明
が進んで、山道などが整備されると、信心深い女性が逆に修験者を頼って登山してくるようになり、困った修験者たちが結
界石を置いてタブーの範囲を決め、その外側に女人堂を置いて祈祷や説法を行なった。
民俗学者の柳田国男は姥捨山・岩木山の登山口にも姥石という結界石があるのに着目し、結界を越えた女性が石に化したと
いう伝説を『妹の力』『比丘尼石』のなかで紹介している。結界石・境界石の向こうは他界(他界#山上他界)であり、宗
教者は俗世から離れた一種の他界で修行を積むことによって、この世ならぬ力を獲得すると考えられた。
また、石長比売が女神であったことに代表されるように、古来より日本各地において山そのものが女神であり、嫉妬深いと
考えられた場所も多く、女人の入山が禁制されたのは女神の嫉妬を避ける為であるとされる。 たとえば『遠野物語』に登
場する遠野三山伝説では、早池峰山・六角牛山にそれぞれ3人の女神が住んだ山とされ、長らく女人禁制であった。また熊
野三山周辺でも、山は女神で嫉妬深いと考えられているほか、上り子といわれる男たちは松明を掲げて山へ上るが、女たち
は闇の中で祈りを捧げて男たちが持ち帰った神火を迎える役割があり、そこには祭事における男女の役割分担の違いがある
とされる。
また別の説では巫女やイタコといった「女性には霊がつきやすい」から荒修行が女性には困難であるという説明づけもされ
ることがある。
女人禁制の理由については、上記のようなさまざまな由来や学説が唱えられている。各々の場所には各々の由来が伝えられ
ている。またそれらが歴史的な過程で絡み合い変容していく場合もあり、どれか一つをもって一般論を導き出すのは、困難
といえる。
なお、祭りに女人禁制が取り入れられたのは、男尊女卑が広く浸透したとされる江戸時代ないし明治時代以降のことと考え
られ、『古事記』には祭りに女性が参加していた記述が見られる。また古代の日本では、女性は神聖な者で神霊が女性に憑
依すると広く信じられており、卑弥呼に代表されるように神を祭る資格の多くは、女性にあると考えられていた。一例とし
て神道の祖形を留めているといわれる沖縄では女性は「神人(かみんちゅ)」と呼ばれ(男性は「海人(うみんちゅ)」、
ノロなどの神職が祭祀を行う場では女人禁制とは逆の男子禁制が敷かれていた。現在でも風習の名残は残っている。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
女人禁制の由来についてしらべてみました。
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